2015年6月3日水曜日

余計なことをせずにノイズを除去できたら動ける。


大谷さんのブログ(【137】その人の行動原理。)を読んだ。
その中にこんな一文があった。
僕が行動原理というふうに言っているものは、何かに邪魔されない限りは基本的にその人はそのように行動するというもの。
何かに邪魔されない限りは。本当にその通りだなと思う。
なんだかブログに返答してもらったみたいで嬉しくなって、
ぼくもこの「行動原理」についてちょっと書いてみたい。

以前は、人は自分の意思によって行動するものと思っていた。
もっとこうなりたい。もっとこうあるべきだ。
そういう、自分の外にあるものに向かうエネルギーによって人は動くと思っていた。
もちろんそういう原理は実際にあって、
世の中の大抵のものはこの原理で動いていると思う。

けれど最近気がついたことがあって、
ぼくの場合はこの「もっとこうなりたい」とか「もっとこうあるべきだ」
という類いのものが、自分の行動原理を邪魔している。

学生時代、「こうすべき」に囚われずに「こうしたい」を基準に動きたい、
みたいなことを考えていた。
けれど、今ではこの考え方もしっくりこない。
そもそも「こうしたい」というのがあるかどうかすら怪しい。

「今のままで良いのだろうか」みたいに思うことも、前より少ない。
「良いかどうか」もよく分からない。

あるとすれば「今どうであるか」くらいのもので、そこをちゃんと見るしかない。
「今どうであるか」が見えれば、後はもう邪魔するものがなくなるのを待つしかない。

積極的にできることがあるとすれば
「こうあるべき」「こうありたい」というノイズを極力除去することくらいだ。
そういう方向に自分を促すものから距離を取るくらいのことしかできない。

余計なことをしなくていい。
ちゃんとそこに留まって、「こうあるべき」「こうありたい」というものが
すーっと引いた時に行動できるという気がする。

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