フリーキャンプ開始から248時間32分。
終電に近い京阪電車に乗ってまるネコ堂を出て東山の和室にやって来た。一晩明けて目が覚めてブログを書いている。
「そうか1人になりたいのか」と気がついてからは行動が早くて、1人まるネコ堂で留守番していたぼくは荷物を片付け始めた。リュックに必要なものをまとめ、ペットボトルに水を汲み、携帯と小銭をポケットに突っ込んだ。このまま書き置きだけしてここを出たら、あと数十分で戻って来るであろう大谷さん・澪さんはびっくりするだろうなと想像しながらいたずらな気持ちになるけれど、そうはせず、とりあえず庭に出て雨がまばらになった空を眺めると西の空の雲の切れ目から太陽の光が差し込んでいるのをしばらく見ている。ほどなくして大谷さん・澪さんが帰ってきてコロッケとチューハイと発泡酒にやられてそのまま飲んで、キーマカレーを作ってしばらくごろごろしていたのだけれど、やはり出発する。
三条京阪の駅についてしばらく街をうろうろして、和室に向かう。ラーメンが食べたくなって、なぜかチキンラーメンだと思う。目の前には屋台風の店構えで店員が店先で休憩している長浜ラーメンが見えるけれど、きっと部屋に戻って湯を沸かして袋ラーメンを食べても満足するのだろうと思い、やっぱりチキンラーメンだと思う。川端通りに面した24時間営業のフレスコに行く。店内はがらんとしていてレジには店員も通路に客もおらず、店員は棚で商品陳列をしている。ラーメン売り場に行くと足元に袋ラーメン5パックが並べてありチキンラーメンもやはりある。これの1食分、と棚を見上げると幾つかの種類が並んでいて、80円だ。80円でチキンラーメンが食えると期待して棚を探すけれどあのパッケージは見当たらずああ置いてないのかと一瞬がっかりするがチキンラーメンの値札だけを見つける。棚は空で売り切れているようだ。5食パックを見つけたとき、1食パックの値札を見つけたときの2回ぼくは期待して2回裏切られ、けれどやはりラーメンは食べたくてマルちゃん製麺のパックを手にとってレジに行く。
アパートの前について2階を見上げるといくつかの部屋の灯りがついていて住人が起きているのだとわかる。けれど2階に上がっても物音がしないので寝ているのかもしれない。部屋でフライパンに湯を沸かしながら荷物をおろす。木製の器にヒビが入っているのでフライパンから直接食べることしかできない。火を止めてフライパンに粉末スープを入れる。レンゲがないのでマグカップですくってスープを飲むことにする。ラーメンをすする音が部屋に響くのが気にかかる。自分の生活音というのが人に聞こえてはいないだろうか、なに夜中にラーメン食べてるんですか、静かにしてくださいと住人に言われないだろうかという考えがよぎって、ぼくは今気にしているのだということがわかる。選んだラーメンは豚骨ラーメンで、ちょっとしつこい。ぼくはこういう自分でラーメンの種類を選べる時は豚骨ラーメンを選びがちで、それは多分実家でラーメンを食べる時は大概塩ラーメンで高校生くらいの時期から豚骨ラーメンへの憧れみたいなものがあったからだ。友人がラーメンはやっぱり豚骨だよなという話をしているのを聞いて、うちはなぜ塩なんだろうかと考えたことがあって特にそれがどうということもないのだけれど、もともとチキンラーメンを食べたくてなぜか今豚骨を啜っているぼくはその延長線上に居る。
ラーメンの後始末を終えると、この何もない和室で安心して眠るためにはどうしたらいいかを考えるともなく準備し始める。パソコンからうすく音楽をかけておく。部屋の隅にポケットに入っていたものや文庫本をリュックの横に並べて置く。寝袋を2つ出してきて1枚は敷き布団代わりに、もう1枚は枕にする。この6畳の和室は西側に窓があり、東側に2畳分の台所スペースを挟んで廊下に面した小窓と玄関がある。暑ければ廊下側の窓を開けようかとも思ったけれど涼しいのでその必要もなく、閉める。西側の窓に足を向け、台所側、つまり廊下側に頭を向けて横になる。
電気を消すけれど、どうも落ち着かない。部屋が真っ暗になると廊下の灯りが目に入ってきて嫌でも部屋の外の空間があるということを意識させられる。そしてこの体勢だと誰かが入ってきてもすぐに見ることができない。寝転んだまま顔を横に向けても目に入るのは白い壁だ。「誰かが入って」くる場合の誰かというのはつまり共同でこの部屋を借りている友人やアパートの他の住人や強盗とか霊的なものまで想像するのだけれど、どれもそうそう起こるとは思えず、一番可能性が高い友人でさえもこの時間帯に突然来るとは考えにくい。来たとしても何か問題があるわけではない。けれど実際に起こるかどうかはともかくとしても気になっているということは事実なので、極力気にしなくていい方法を考える。まずは頭の向きを変えて南側にする。こうすると左手に西側の窓を、右手に台所側の廊下に面した小窓を視界に入れることができる。きっとやって来るとも思えない訪問者が来てもなんとなく安心できるような気がして、ずいぶん落ち着く。次に部屋に広げていた荷物をまとめる。出しておく必要のない文庫本や服などはカバンにしまう。酒を少し飲んだコップも洗い、ペットボトルに水を汲んでおく。これでこの場所への固着感が少し減り、必要とあればさっと抜け出すことができる。何もないとは思うのだけれど。最後にリュック、携帯、小銭、財布、パソコンを等間隔に身体の両脇に並べておく。馬鹿げているような気がしながらおまじないだと思って、結界を張る。豆電球を点けると、廊下の灯りがやや薄まってこちらの6畳の存在感が増す。横になって右を向くと、流し台の上にある小窓越しにやはり廊下の灯りが目に入る。台所スペースとこちらを区切る戸の位置を調節して、風を通しつつも光が気にならない場所を探す。左を向くと網戸越しの暗闇に木陰が見えていてこれもちょうど目に入らない位置に身体を動かす。
学生時代に一人暮らしをしていた頃、マンションの部屋に入って鍵をかけてもまだなんとなく安心しきれず、キッチンと部屋を仕切るドアを閉めてようやく落ち着いたことを思い出している。少なくとも目の届く範囲に、他人の影がないという状態。誰かが入ってくるかもしれない、誰かいるということを感じざるを得ない、そういうセンサーをぜんぶ切ることのできる環境が必要で、そのギリギリのラインを探っているような感じがある。
暑さで寝苦しいこともなく、蚊の羽音を聞くこともなく、ほかの住人の影を感じることもなく、起きたら7時半だ。文章を書き始めて1時間が経っていて、書いていたらお腹が空くかと思ったけれどよくわからない。あと31時間27分でフリーキャンプが終わる。
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